伯爵令妹の恋は憂鬱


顔を合わせないように平身低頭の構えをとるメイドの前を通り過ぎても、ちっとも心はすっとしない。それよりも罪悪感に似た感情が沸き上がってくる。

(私、敬われるような立場じゃないのに)

婚外子であるマルティナは、本来ならば母親が死んだ時点で身寄りを失う。残された財産は多くはなく、路頭に迷って修道院の扉をたたくのは直ぐだっただろう。兄に救われて伯爵の妹として暮らすことができたのは、本当に幸運だったのだ。

だからこそ、敬意を向けられるといたたまれない感覚に襲われる。
それは、自分の身を男と偽っていたときとよく似た感情だった。誰かを騙していると思えば、呼吸が苦しくなって何にも言えなくなる。


「あ、マルティナ様、いたいた。ディルク様がお呼びですよ。今日は午前中で終わらせて、午後から街に行きましょう」

背中にかけられたトマスの声に、マルティナは深海から引き揚げられたような気分になった。

「トマス!」

たしなみなど忘れ、小走りに彼のもとに駆け寄る。だって彼の傍は呼吸ができるのだ。マルティナが、一番気負わずにいられる場所なのだ。

あまりに急いだために足がもつれる。よろけたマルティナを、トマスの長い腕がさっと抱える。


「おっと。気を付けてくださいよー。マルティナ様にけがをさせたらフリード様に怒られてしまいます」

「お、お兄様はそんなことで怒りません」

「怒りますよ。あなたは大切な妹君ですし」

「お兄様はお義姉さまとエルナに夢中です」


ぽつりと言っただけだったが、トマスはそこにマルティナの寂しさを見て取った。
初めて会った頃のように、マルティナを腕に抱き上げる。