伯爵令妹の恋は憂鬱


「だから、好物のフルーツを買ってきますって。それを聞いた厨房の方たちが、ついでにと大量にお使いを頼んだので、時間がかかってますけど。トマスさんは本当はお茶の時間に合わせて帰るつもりだったんだと思いますよ」

「本当?」

彼が自分のことを忘れていなかったと思うだけで、マルティナの心に光が差してくる。

やがて庭先から物音がして、マルティナは窓に張り付いた。
馬に乗ったトマスが、鞄をぱんぱんにして戻ってきたのだ。彼はマルティナに気が付くと大きく手を振った。

「もう休憩になってましたか? リンゴを買ってきましたよ。蜜がたくさん入っていておいしいそうです。すぐに切ってもらってきますね」

笑顔を向けられ、先ほどまでの不貞腐れた気分がほどけてくる。表情の変化にローゼも気づいたようだ。
「よかったですね」と意味深に笑いかけられ、マルティナは真っ赤になってしまう。

「……リンゴ、好きなんです。だから」

子供でも思いつくような言い訳だ。本当はトマスの顔が見れて嬉しいことなど、ローゼにはわかりきっているだろうに。

「そうですね。このあたりは気候的にもリンゴ生産に向いているんです」

ローゼはそれ以上突っ込んでは来なかった。けれど、なにか思うところがあるのか、その後マルティナのそばを離れなかった。
お皿に盛りつけられたリンゴを持ったトマスが来た時に、マルティナはトマスに抱き着きたかったがローゼがいてはそれも出来ない。

フォークで刺し、淑女らしく食べる姿を見せないよう少しうつむいた。

「おいしいです」

「それはよかった」

トマスはいつもと変わらず、ニコニコと穏やかな口調で相槌を打つ。
早く屋敷に帰りたい、とマルティナは思った。三年前から変わらない、トマスとだけいても怒られない空間。
ここにいると、それがどれほど特別なものだったのかを思い知らされる。
ローゼが嫌いなわけではないが、ほんの少しだけ、監視されているような気持になってしまうのだ。