式が終わり、一度屋敷に戻ったトマスとマルティナは、急遽決まった旅の準備に忙しい。


「ベレ領ですか? 私、行ったことありません!」

「俺も。ギュンター様の奥方の出身地で、貿易港があるので有名ってくらいしか知らないな」

「海があるんですよね? 川と違って波があるって本で読みました」


初めてのふたりきりの旅行に、マルティナは飛び上がって喜んだ。
トマスはマルティナのあまりの喜びように、彼女の言葉をうのみにして、旅行の計画を立てなかった自分を殴ってやりたいような気持ちになっている。
女性の気持ちは言葉の通りではないのだと、改めて肝に銘じる。


「ベレ家の別荘でいろいろ用意してくれているそうだから、最低限の着替えがあればいいよ。先にベレ伯爵に一度お礼に伺って、それから別荘に行こう。移動だけで一日かかってしまうから、途中の街も見物しながら行こうか」

「はい!」


準備を終えたころには深夜になっていた。初夜ではあるが、明日からの旅行を思えば無理はできない。先ほどからマルティナは何度も目をこすっている。


「今日はゆっくり休もうか。旅路で体調を崩しても困るし」

「え? ……あ、はい。そうですね」


マルティナの表情が一瞬翳る。トマスは一瞬間違えたかと思ったが、言い出したものを撤回も出来ない。
自分が先にベッドに入り、彼女に隣に来るように促す。


「一日、緊張しただろ。おやすみ」

「はい」


触れるだけのキスをした後、トマスはマルティナを腕に抱きしめた。しばらくもじもじと動いていたマルティナはやはり疲れていたのか、じきに寝息を立て始める。

トマスは彼女の髪の香りを吸い込みながら、落ち着かない自分の心臓の音を聞いていた。
ギュンターに揶揄されるのもわからないでもない。
我慢が好きなわけではないが、女性に無理はさせられないと思ってしまう。ましてマルティナには従者時代の癖もあって、特に過保護になってしまう。

頬を柔らかく撫でると、軽くうめいてまた眠りに落ちる。
マルティナにしてみれば今日は朝から動き通しで、くたくただろう。

トマスは無理やりに目をつぶり、最初の夜を悶々と過ごした。