突然、犬飼くんが両手で顔を覆ってしまった。
尊いって。それって何か、アイドルとかに使う単語な気がするけれど……。


「いや、そんな崇めたって何も出てこないよ?」

「いいんです。先輩から何か貰おうなんてそんな、図々しいこと思ってませんから。ただそこにいるだけでいいんです……」

「そ、そっか」


理解し難い。思想の歩み寄りを諦めて、私は小さく息を吐いた。

落ち着いたのもあって、そういえばと記憶を呼び起こす。


「あのね。さっき犬飼くん、狼谷くんのこと素行が悪いって言ってたけど、そんなことないよ」


確かに彼の噂だけを聞いてしまうと誤解しがちだ。でも私は彼のそうじゃない部分を知ってしまったから、このまま誤解されっぱなしは嫌だった。


「私、全然勉強できないんだけど、狼谷くんはとっても頭良くてね。教えてもらったことあるんだ。すごい丁寧に優しくみてくれたんだよ」


それとね、と話を続けようとしたところで、犬飼くんが声を上げた。


「白先輩。その人の名前、何でしたっけ?」

「え? 狼谷くんだよ。狼谷玄くん」


私が答えるや否や、彼は眉間に皺を寄せる。


「狼谷、玄……」


ぽつりと呟いた犬飼くんの目が酷く虚ろで、少し心配になった。