黒い渦の中から左眼に眼帯をした男が5人の目の前に姿を現した。血のように赤く染まった甲冑を身に纏い、2本の剣を腰に携えている。片方の剣の柄頭の部分には金色に輝く鈴がついている。背丈は万次郎より少し低い。男は不気味な笑みを浮かべながら晋助と万次郎の顔を眺め、口を開いた。
「よう。晋助さん、それにあんちゃんも。あん時以来だな」
「ベルよ。忙しいところすまんな」
「いいってことよ。それに、ちょうど暇してたところだ」
「俺はまだ貴様を信用したわけではない。訊きたいことも山ほどある。そのことを忘れるな」
万次郎がベルを睨みつける。ベルは鼻で笑ってからそれに答える。
「安心しろ。俺もお前に信用されてぇなんて微塵も思っちゃいねぇよ。後な、訊きたいことがあるなら腕ずくで訊いてみたらどうだ?いつでも相手になってやるよ。まぁ今のお前じゃあ俺に傷ひとつつけることもできねぇだろうがな」
せせら笑うベル。
「ならお言葉に甘えて、そうさせてもらうとしよう」
万次郎がベルに近づこうとするのを晋助が制止する。
「万次郎!ベルの挑発に乗るでない。ベルも煽るような言動は慎め。おぬしは今日、凜太郎に剣の稽古をつけるために来たのであって喧嘩をしに来たわけではない。違うか?」
「まぁたしかにそうだな。それに、こんな雑魚を斬ったところで面白くもなんともないしな。で、こいつが凛太郎か?」
「は、初めまして。品川凛太郎と申します」
「ふ~ん……」
ベルは凛太郎のすぐ目の前まで歩み寄ると、間近でその顔をじっと見つめた。
「こんなもやしみたいにヒョロヒョロした奴に本当に素質なんてあるのかねぇ」
「す、すみません……」
威圧され、思わず謝ってしまう凛太郎。
「まぁいい。今回、晋助さんからの依頼でお前に剣術を教えることになったベルだ。俺から剣術を学べることを光栄に思うんだな。後、やるからには徹底的にやる。多少の怪我は覚悟しとけ。お前も俺を殺す気でこい」
「は、はい!よろしくお願いします!!」
「後で俺の連れも来る。その時はまた紹介してやろう」
「はい!」



ベルは誰かを探すように辺りを見渡した。
「今日はあのガキはいないんだな」
「あぁ、葵ちゃんのことかの?あの時以来見てないのう。まぁ元々一般人じゃからの。あの時は事情が事情じゃったし、もうここには来んかもしれんのう……」
寂しげな表情を浮かべる晋助。凛太郎が晋助に問いかける。
「葵ちゃんって例の?」
「そうじゃ。わしの孫みたいな子での」
敏也が割って入る。
「クソ眼鏡と仲が良くてな。こいつのお気に入りなんだよ」
敏也の言葉を聞いた万次郎がすぐに反応する。
「誤解を招くようなことを言うな!クソチビ。断じて仲が良いわけではない。あの時は仕方なく面倒を見てやったまでのことだ。あいつがいなくなって清々した。それを仲が良いと認識するのは誤りだ。すぐに訂正して詫びろ。今すぐだ!」
「随分なこと言ってくれるじゃない。万次郎お兄ちゃん」
一同が振り返ると、そこにはいつの間にか小学校5年生くらいの女の子が立っていた。驚く一同。万次郎はかなり動揺している。
「あ、葵!?お、お前!いつからそこにいた!?それに、どうやって入ってきた!?貴様はここの合言葉を知らないはずだ!」
木村葵は微笑を浮かべ、答える。
「あの時のあんた、最高に面白かったわ。笑いを堪えるの大変だったのよ」
「き、貴様!あの時聞いてたのか!!」
「あんな大きな声で叫ばれたら嫌でも聞こえるわよ、バカね。逆に聞こえてないって本気で思ってたの?だとしたら、あんたもとんだ間抜けね」
「間抜けとはなんだ!だいたい子どもが出歩いていい時間じゃないだろうが!親にはちゃんと言ってきたんだろうな?」
「パパもママもまだ仕事よ。家政婦さんも夕飯の支度で忙しそうだったから書き置きをしてきたわ」
「言ってないじゃないか!!」
溜め息をつく晋助。
「やれやれ。相変わらずじゃの、葵ちゃんは。仕方ないのう。まぁ折角遊びに来たんじゃし、今日はここに泊まっていくとよかろう。万次郎、おぬしから親御さんに連絡して差し上げなさい」
「わーい!!ありがとう!おじいちゃん」
葵は無邪気に笑い、喜んだ。
「所長。よろしいんですか?」
「仕方なかろう。追い返すような真似もしたくないしの。おぬしは葵ちゃんの面倒を見てあげなさい。部屋は自由に使ってよい」
「かしこまりました」
小さく舌打ちをする敏也。
「所長は子どもにあめぇなぁ」
そんな敏也の様子を見た照子が微笑を浮かべる。
「ほんとはあんたも嬉しいくせに。万次郎もあんたも素直じゃないんだから」
「断じて嬉しくない!!」
万次郎と敏也は同時に強く否定した。



一方その頃、葵は凜太郎を興味深げにじっと見つめていた。
「おじいちゃん。もしかして、この子が凜太郎って人?」
「あぁ、そうか。葵ちゃんと凜太郎くんは初対面じゃったの。そうじゃ、この子が品川凜太郎くんじゃ」
凜太郎は葵に歩み寄ると、同じ目線の高さになるようにしゃがみ込み、手を差し伸べた。
「初めまして。君が葵ちゃんだね。みんなから話は聞いてるよ。色々大変だったみたいだね。俺はまだここに来て間もないけど、これからよろしくね」
葵に向かって優しい笑みを浮かべる凜太郎。葵は凜太郎の手を無視し、観察するように目を細めて凜太郎を見つめ続けている。
「まぁあれね。顔は悪くないけど、なんかちょっと頼りなさそうね。おじいちゃん、この子本当に大丈夫なの?」
「言ってくれるね」
凜太郎は手を引っ込めると苦笑いを浮かべた。
「たしかに見た目はアレじゃが、こう見えてすでに怪人を2体倒しておるんじゃよ」
その晋助の言葉を聞いた凜太郎が一瞬驚きの表情を見せる。
「所長!俺がヒーローだってこと、この子に言っちゃっていいんですか!?」
「あぁ、この子は大丈夫じゃ。おぬしのこともすでに知っておる」
「そうなんですか……」
「おいおい。俺のことはほったらかしかよ」
静観していたベルが口を開いた。ベルは葵に歩み寄ると、その鋭く、冷たい眼で葵を見下した。
「こいつがあん時がガキか。なるほど、大きくなったもんだな。ガキの成長は早いというが、まさにその通りだな」
「あんたも相変わらずいけすかない奴ね。その眼帯も似合ってると思ってつけてるとしたら救いようのない厨二病のナルシストだわ。全然似合ってないから、それ」
ベルはその場で口を大きく開けて、高笑いをした。