真夜中にふらりと娘が帰宅したものだから、両親は驚き「桐生さんとケンカでもしたの?」と心配そうに言った。

「違うよ」

 否定すると母が安堵した様子で息を吐き、
「ならいいけど」と言ってから「あんないい人を逃したら後がないからね」とこっそり耳打ちして来た。

 わかってるよ。
 わかってるから、逃げて来たんだよ。

 桐生さんにも、両親にも言えない重たい秘め事は胸の奥にしまい込んだ。

 シンちゃんをあの部屋に置き去りにした。
 シンちゃんという存在を無かったことにした。

―――私は、最低だ。

 関係に拍車がかかり、どんどん物事が進んでいくなか、桐生さんがとうとう広めのマンションを借りたのだ。
 私と一緒に暮らすための部屋は、新居のつもりなのだろう。

 両親への挨拶も滞りなく終わっていた。

 桐生さんからは『みたいなもの』ではない、きちんとしたプロポーズの言葉をもらい、私は「はい」とその気持ちをダイヤのリングと一緒に受け取ってしまった。

 シンちゃんとの関係にピリオドもつけていないのに。
 私は別の人生を自分勝手に歩き出していたのだ。