「大野さん、私のこと覚えていませんか?」

名前まで同じってそうはない。
やっぱり大野さんは ふちがみはると君なんじゃないかって
ドキドキで大野さんからの答えを待ってるっていうのに、大野さんは微笑んでるだけだし、周りのヤジはうるさいし

いきなり誘ってるんですか?
大胆ですね~
古典的だろ~

ここぞとばかりに騒ぎ出す人形町支社の面々
放っておいてほしい。

「大野さん、昔、ふちがみはると君だったことはないですか?」
「誰それ?佐々木の初恋の人とか?」

なのに、聞いてきたのは色仕掛け中の伊藤チーフ。
もうなんだか負けられない気になる。

「そうです!泣き虫はるとくんって言って、私の初恋の人です」

半ば投げやりに応えると、やっぱり周りが騒ぎだした。

課長は
「お前それベタな口説き方だぞ」
伊藤チーフは
「ハラマキにころされるよ~」
沙也香ちゃんは
「真帆さん、抜け駆けですよ」
川端主任は
「真帆ちゃんの初恋っていくつの時?」
みんな言いたい放題。

最後に課長が一際大きな声で、
「お前ら大野課代に手を出すな。いいか?社長からの大事なお願いなんだぞ。頼むから大人しくしててくれ。
特に佐々木。お前は今から課代の半径3メートル立入禁止な」
なんて言い出した。

でも私はずっと大野課代……
ううん。ふちがみはると君を見つめていた。
絶対そうだよ。
ふちがみはると君だよ。

「俺はずっと大野だよ」

大きい声ではなかったけど、艶めいたその声はしっかりと私の脳に届いた。

ちょっと困ったような顔をしながら、それでも爽やかな笑顔で…

佐々木真帆、撃沈の瞬間でした。