放課後。他の生徒が次々と下校する中、下駄箱げたばこで凜太郎が一人、靴を履はきかえている。その姿を見かけ、いつものように声をかけようとする幼馴染おさななじみの神田 由美。
「り――」
由美が凜太郎に声をかけるよりも先に照子が声をかける。
「凜太郎。あんたどうせこの後"あそこ"行くんでしょ?だったら一緒に帰りましょ」
「あそこってどこですか?」
周囲に目を配ってから凜太郎にしか聞こえないような小声で話し出す照子。
「研究所に決まってるでしょ!誰かに聞かれるとまずいから"あそこ"って言ってるんじゃない!少しは察さっしなさいよ!」
「ごめん」
照子に合わせるかのように小声で謝あやまる凜太郎。そんな二人の様子を少し離はなれたところから複雑な想いで見つめる由美。深呼吸をし、自身の頬ほおを二回叩いて気合いを入れる。
「よしっ!!」
背後から気づかれないように二人へと近づく由美。
「なに話してんの?お二人さん!」
わざと二人を驚おどかすように大きな声で話しかける由美。案の定じょう、肩をビクつかせ、驚く凜太郎と照子。
「なんだ由美か。驚かすなよ!心臓しんぞうに悪いだろ」
「ごめんごめん。で、この子誰?もしかして……ガールフレンド?」
顔を赤らめる凜太郎と照子。
「バ、バカ!!ちげぇよ!今日俺のクラスに転校してきた辻 照子さん。席が隣だからなんとなく仲良くなっちゃってさ。ただそれだけだよ」
「へぇ~……そうなんだぁ~」
凜太郎に対して疑うたがいの眼差まなざしを送る由美。
「辻 照子です。よろしく」
手を差し出す照子。由美はその手を取り、二人は握手あくしゅを交わした。
「私は神田 由美。由美でいいよ。凜太郎とは幼馴染なんだ」
「腐くされ縁ってやつだよ」
凜太郎が由美の言葉に付け加える。
「なによ!こんな可愛かわいい幼馴染がいることを光栄に思いなさい!」
「はぁ!?どこに"可愛い"幼馴染がいるんだよ!あれー?どこかなー?」
辺りを見渡す凜太郎。由美は不機嫌ふきげんそうに睨にらんでいる。そんな二人の様子を見ていた照子が突然吹き出すように笑い出した。
「な、なにがおかしいんですか!照子さん」
「ごめんごめん。いやぁ、仲良いんだなぁって思ってさ」
「どこが!?」
同時に反論する凜太郎と由美。お互い相手の声に驚き、思わず顔を見合わせる。
「真似まねすんなよ!!」
「真似しないでよ!!」
またも同時に叫び、睨み合う二人。そんな凜太郎と由美の様子を興味津々きょうみしんしんな眼差しで照子が見つめている。
「やっぱ面白いわ、あんた達。いいコンビだと思うわよ、私は。それに、本音で言い合える人がいるって凄すごく幸せなことよ。みんながみんな、そんな人と巡めぐり会えるわけじゃないから。あんたは幸せ者よ、凜太郎。由美もね」
踵きびすを返し、一人で帰ろうとする照子。凜太郎が呼び止める。
「一緒に帰らないの?」
「二人の邪魔じゃまをするほど私も野暮やぼじゃないわよ」
背を向けながら軽く手を振ると、そのまま照子は一人で帰っていった。
「じゃあ、俺たちもそろそろ帰ろっか?」
「そ、そうだね」
夕陽が空を微かすかにオレンジ色に染そめ上げる中、凜太郎と由美は肩を並べて歩き、校舎を後にした。





 いつもの帰り道。オレンジ色に染まったその道を肩を並べて歩いている凜太郎と由美。二人の間には重く、長い沈黙ちんもくが流れていた。その沈黙を破やぶったのは由美だった。
「ねぇ、凜太郎」
「ん?なに?」
「凜太郎ってさ……す、好きな人とか、いるの?」
「え?好きな人?う~ん……いないよ。なんで?」
「い、いや、聞いてみたかっただけ。……あ、あの子とかどうなのよ。照子さん。あの子可愛いじゃん」
「照子さんとはまだ知り合って間まもないし。それに好きっていうか、どっちかっていうと"仲間"って感覚だし」
「同じクラスの仲間ってこと?」
「ま、まぁそんな感じかな」
「ふ~ん……」
「な、なんだよ!」
「べ~つにぃ~」
二人の間に再び沈黙が流れ始めた。由美は静かに深呼吸をした。そして、再び口を開いた。
「しょうがないなぁ~!ぼっちでかわいそうな君のために、この可愛い可愛い幼馴染様が付き合ってあげてもいいわよ!」
「はぁ?なんだそれ。おめぇみたいなセクハラ女なんてこっちから願い下げだっての!」
由美の心に凜太郎の言葉が鋭するどく尖とがった針はりのように突き刺ささる。泣きそうになるのをぐっと堪こらえる由美。少しでも気を抜けば今にも目から涙が零こぼれ落ちそうだ。
「だ、誰がセクハラ女よ~!!このぉ~!」
泣きそうになっているのを誤魔化ごまかすかのように、凜太郎に対してヘッドロックをかける由美。思わずタップする凜太郎。
「痛い痛い!!ギブ!ギブ!!」
凜太郎から少し離れ、背を向けている由美。凜太郎は余程苦しかったのか、咳き込んでいる。
「いきなりなにすんだよ!!死ぬかと思ったぞ!!」
目から涙が零れないように必死で堪えている由美。それに凜太郎は気づいていない。
「ば~か!!」
凜太郎の方へ向き直り、そう一言だけ言い残すと由美はそのまま走り去ってしまった。
「なんだ、あいつ……」
凜太郎は由美を追うこともせず、ただ呆然ぼうぜんと立ち尽くすだけだった。



自分が今どこを走っているのか。どれだけ走ったのか。その時、由美は自分でも分からずにいた。オレンジ色に染まった道をただひたすらに、泣きながら走っていた。
凜太郎が自分の告白を本気に捉とらえていないことも、自分の言い方が悪かったことも由美は頭では理解していた。
それでも、凜太郎の言葉に由美の心が耐え切れなかったのだ。
由美の涙は風に乗って静かに地面へと零れ落ちていった――。