鈴音はゆっくり睫毛を上向きにさせていく。
和紙でできた和風ペンダントが吊り下がっている光景は見慣れない。

ゆっくり身体を起こし、掛け布団を除けて立ち上がる。
すぐに窓際へ向かい、静かにカーテンを開いた。

朝に窓から海を眺めるのは今日で二回目。今日は鈴音が忍のマンションから出て三日目だ。

別れを決意して出てきたあの日。
鈴音は書き置きと指輪を残し、少しの荷物だけを持って電車に乗った。

一度目の乗り換えの際、佐々原へ連絡を入れた。
仮病なんて迷惑で非常識だと頭では理解していたけれど、どうしても時間が欲しかった。

出勤して売り場には立てるだろうけれど、すぐに忍に見つかりそうだと考えたためだ。

追ってくることなどないかもしれない。
けれど、衣装合わせのときに腕を掴んだように、また捕まえにくるかもしれない。

そんなふうに思うと冷静にはなれなくて、電話越しに佐々原へ何度も頭を下げた。

たまたまシフトが飛び石になっていて、間の日だけ休みをもらうと三連休になった。
三日あれば、心の整理がつく。いや、つけなければならない。

そう決めて、鈴音はまた電車に乗った。

その日、夕方に辿り着いたのは東伊豆。
駅付近は都会の喧騒とはちょっと違って、観光客が賑わいを見せていた。

そして一軒の旅館に到着する。
そこは、前に明理がくれた無料宿泊券で泊まる予定の旅館だった。

忍と訪れるはずだった伊豆に来てみたくなったのだ。

宿泊先はたくさん選べるほどあるのに、あえてあの宿泊券に記載されていたところにしてしまった。
もちろん、部屋はスイートなど豪華なものではなく、低価格のシングルだ。

その日はすぐに休み、翌日は痛めていた足も調子が良さそうだったので、行き先も決めず、ただふらりと近場を観光した。

動物や植物を眺め、足を休めながら今度は海沿いを歩き、夕陽を眺めて一日が過ぎ去った。