夜の闇に隠れてやってくるうつくしいひとに、しばらくした頃、聞いてみたことがある。


「どうして、いつも真夜中なのですか」


言葉を慎重に選ぶ気配がした。


「……眠れないのです」

「っ」

「眠れなくて、一人でじっと耐えていると……あなたにお会いしたくなる」


仕事が忙しくて、と言われるかと思ったのに。ごまかされると思ったのに。


何を耐えているのかは聞かなかった。代わりに、もっと早い時間でもいいと言ったけれど、今度こそ曖昧にごまかされた。


もっと知りたいと思う。もっと踏み込みたいと思う。


でも、話し相手を望んだこちらから踏み込んでいいものかわからない。それで関係が壊れるのは、ひとりに慣れたわたくしには、あまりにつらい。

結局、当たり障りのない話をすることになる。


最近読んだ本のこと。何度も踏んでいるからか、小道が歩きやすくなってきたこと。おすすめの果物の甘煮のこと。都を賑わせている、人気の劇のこと。


合間にアンジーと呼ばれた。


やさしい声色でアンジーと呼ばれると、自分の名前がなんだか、とても上等なものになったような気がした。


あの方とか、例の、とか、こわごわ嫌そうに呼ばれるのが常だったのに、このひとは名前で呼んでくれる。

それが、それだけで、どんなに嬉しいか、あなたさまはご存知ないのでしょう。


でも生憎、わたくしがあなたさまに返せるものは、呪いと執着しかないのです。


だから。いろいろに、気づかないふりをしなくては。