それに対し、市役所というところは、気安く来ることなんてできやしない。

はじめて足を踏み入れたここの中では、どこになにがあるのか見当もつかないし。



ちひろがそっと僕の方へ身を寄せる。

場違いだとでも考えたらしく気まずいのだろう、うつむきがちに周りに視線をやって、出て行きたいという心が透けて見える。



だけど、まだ僕たちは婚姻届を手にしていない。

この場を離れることなんてできないんだ。

とはいえちひろの様子が可哀想だし、あてもなく探すのは厳しいだろう。



視線をぐるりと動かす。

清潔感のある髪に、きちんと身につけられた制服。

カウンターにいる人たちの中から、僕が求めている存在を見つけてほっとする。



僕が歩き出したことに戸惑いつつ、ちひろがあとを追って来る。

彼女が口を開いたけれど、先に声を出したのは僕だった。



「すみません、婚姻届ってどこでもらえますか?」

「ちょっと、正人!」



驚きからか、普段なら決して発することのない大きな声。

動揺に促されるまま、彼女は僕の袖を強く引く。

その腕にそっと触れて、見上げる彼女に向かってひとつ頷いた。