「たきがわさんとおっしゃるの?」

「うん。難しい方の瀧に簡単な方の川」


ああ瀧ね、瀧場さんの瀧だわ、と母が言うとそれで伝わったらしい。


伝わらなかったら朧月のおぼろの(にくづき)(さんずい)に変えて……とか説明しないといけないところだった。よかった。


瀧場さんは大変感じのいいご近所さんである。


「稲やさんの常連さんなの。小倉たい焼きが大好きなんだって」

「常連さん……瀧川さん……」

「絶対みんな知ってるよ。ほらあの、私が通い始めたときから通ってた、少し年上のお兄さんいたでしょ。おばあちゃんなんて、お若いのにお茶がお好きだなんて素敵だわーって言ってたじゃない」


それでみんな分かったらしい。


ああ、あの優しくて利発そうな男の子ね、と言われたので力強く頷いておいた。


そうです、その優しくて利発そうな男の子です。今は優しくて素敵な目上の男性です。


「今も通ってらっしゃるの? 本当にお好きなのねえ」


感心している母にうんうん頷く。


「稲やさんの雰囲気がお好きなんだって」

「稲やさんは落ち着いてゆっくりできるからね。素敵な趣味の方だね」


にこにこしている父にもうんうん頷く。


「そうでしょうそうでしょう、稲やさんが好きでたい焼きとお茶が好きだなんて素敵でしょう。今日も突然お誘いしちゃったのに手土産までいただいて、申し訳ないことしちゃった」


しかもその場でぱっと見繕っていた。


時間がなかったからだと思うけれど、私が遠慮しなくて済むような言い回しと選び方はさすがのしゃかいじんりょくである。