「いや、違う違う」

わたしは顔の前で手を振って否定する。

遠子に「それはないから心配しないで」と笑いかけながら、そういえば彼方くんのことは最近考えてなかったな、と気がついた。進路のこと、そして何より天音のことで頭がいっぱいだったからだろうか。

天音と嫌な別れ方をしてしまってから、後悔と葛藤にわたしの心は支配されていて、前のように彼方くんの姿を目で追うことも、彼のことばかり考えてしまうこともなくなっていた。

そしてわたしが今から話そうとしていることも、もちろん彼のことだった。

「話すと長くなるんだけど……」

そう前置きをして、わたしは彼女たちに、天音と出会ってからのこと、彼に救われたこと、失声症のこと、そして彼を傷つけて音信不通になってしまったこと、なんとかして彼ともう一度会って謝って、仲直りがしたいのだということを話した。

「会いにいけばいいじゃん」

話し終えたあと、いちばんに口を開いた香奈が、当たり前のようにさらりと言った。

「そんなに会いたいなら、その子の家か学校にいけばいいじゃん。住所は分かんないかもだけど、放課後に会ってたなら制服は見てるんだよね、なら学校どこか分かるでしょ」

わたしは驚きのあまり絶句して香奈を見つめ返した。

「何びっくりした顔してんの? あたしそんな変なこと言ってる?」

「いや、あまりにもさらっと言うから驚いた……」

家はもちろんどこにあるか分からなかったし、他校に行くのは相当な勇気がいる。だから、会いにいくありえないことだと思っていたのだ。

「そう? これしか手はないと思うけど。家に突撃するのは家の人に迷惑かかっちゃうかもしれないし、居留守使われちゃう可能性もあるから、学校に乗り込んじゃったほうが確実かもね。下校するところの待ち伏せするの」

香奈はなぜかわくわくした表情をしていた。

「なんでそんな嬉しそうなの、香奈……」

「だってなんか楽しいじゃん! 映画みたいじゃない?」

本当に楽しそうな様子の香奈を見ていると、ついさっきまで『天音にはもう会えないかもしれない』と思っていた気持ちがすっかりどこかへ行ってしまって、なんとかなるような気がしてくる。