「なんでそこで吹き出すんだよ……今、笑うところあった?」

「いや、なんかもう、おかしくて」

わたしは笑いをこらえきれずに、お腹を抱えながら答える。

「おかしいって、何が……?」

「だって彼方くん、口を開けば遠子遠子って! どんだけ好きなの、遠子のこと」

彼方くんの頬が、ぱあっと赤く染まった。

「えっ、うそ、そんなに言ってた……?」

「言ってた、言ってた。十秒に一回は『遠子』って言ってるよ、たぶん。ほんっと大好きなんだね」

「ええ~……マジか、恥ず……」

彼は両手で顔を覆って、うつむきながら呻いた。でも、耳まで真っ赤だから、全く隠しきれていない。

いつもさわやかで大人っぽくて余裕があって、というのが彼方くんのイメージだった。でも、彼女のことで照れる姿を見てい、こんな面もあったのかとびっくりする。

遠子は幸せだな、こんなに大事にしてもらえて。

そう思うと同時に、なんだか身体から力が抜けていくような感覚に包まれる。ずっと心のどこかにかかっていた霧がさあっと晴れていくような感じがした。

「あっ、ごめん、飯まだだった?」

わたしが持っているパンに気づいたのか、彼方くんが慌てたように言う。最初からずっと持っていたのに、今さら気づくなんて。それだけ遠子のことで頭がいっぱいだったんだろうな、と思う。

「ごめんな、飯の時間奪っちゃって。俺もう行くわ、本当ごめん! あと、本当ありがと!!」

彼方くんは両手を合わせて頭を下げてから、「じゃあ」と走り去って行った。