本当は、これから先何年か咲良とこうやって会ってバカ話して、なんて出来なくなるんだなって思うと、涙が出そうなくらい寂しい。

でもそれは、歩む人生の中のほんのちょっとのことで。
またいつか、こうやって気兼ねなく会って話せる機会が出来るんだろうから。

そのときまで、自分の人生を一生懸命歩いていけばいいんだよね。
あんなことがあったから、今があるんだよねって言えるように。


楽しい時間はあっという間に過ぎて、九時過ぎに咲良と店の前で別れた。
別れ際、軽く抱きしめ合ってお互いに「頑張ってね」って言って、笑顔で手を振る。

涙は見せないように。
絶対、また会えるから。




それから何日か経ち、タイに行く日が四月の終わりの日と正式に決まって、会社には三月末で退職すると伝えた。

かといって、それまでは特になにも変わらない。
退職するその日まで、今までと変わらずいつも通りの作業を行う。

外は凍えるような寒さから、だんだんと朗らかな暖かさへと変化していく。
工場の中は心地よい気温から、少しずつ汗の出るような暑さへとなっていた。

お腹に響くような低音と、つんざくような高音の機械音。
いつもは耳栓をしていても耳を塞ぎたくなるような、金属と金属が擦れ合う音も、なぜか今は居心地がいい。

研磨をしているときに出る火花だって、キラキラ宝石が光るように見えて。


ああ、もう終わりなんだな。

耳障りなこの音も、手に持った部品の重さも感触も、そして独特な工業用油の臭いも。
もう味わうことが出来なくなるんだ。

そう思ったら、涙が溢れて保護メガネが白く曇ってしまう。
慌てて機械を止めて、涙を拭った。