始業5分前のベルが鳴り、重い腰を上げて個室から出る。
すると、手洗い場の鏡の前で、化粧を直している事務の秋元さんがいた。

「あら、真壁さん。入ってたの?音がしないから誰もいないかと思って少しびっくりしちゃったわ」

秋元さんは今年で40歳になる(らしい)。詳しい歳は教えてくれないので、実際はいくつかわからない。見た目は40歳とは思えないほど若くて美人である。
ちなみにシングルマザーである。5年ほど前に離婚したそうだ。それも全て人から聞いたものなので定かではない。

「ちょっと瞑想してました。驚かしてしまってごめんなさい」

「フフッ、瞑想って。あなたも変わった人ねえ」

秋元さんは笑いながら、シュッとアトマイザーの香水をふりかけた。
辺りにバラのいい香りが漂う。
ああ、女性らしいとてもいい匂い。工業用の油臭い私とは偉い違いだわ。
その香りを嗅ぎながら、私は手を洗おうと蛇口を捻った。

「そう言えば、岡田さんと付き合っているんですって?」

そう言われて、動きが止まってしまう。