それに気付いたのは、アパートの階段をのぼりきったときだった。
いくら慣れて、うしろを歩く足音を気にしなくなったとはいえ、アパートの階段を上られたら話も別だ。
それでも、同じアパートの人かな、挨拶しないと、と呑気に考えたのは、ここ一ヶ月ほど続いている寝不足と、この一週間忙しかった仕事で、頭がぼんやりとしていたせいかもしれない。
誰だろう、と思い振り向いた先。
階段の真ん中あたりには、このアパートの住人ではない、男の人の姿があって……目が合った瞬間、ギクリと心臓が音を立てた。
このアパートの住人を訪ねてきた人かもしれない。
でも……ぶつかった視線に絶対に違うという勘が働き、背中をぞわっとした気持ちの悪い感覚が走り抜けた。
階段を上ってくる男の人の行動全部が、スローモーションに見える。
見上げてくる目は私をずっと映していて……そういえば、十日ほど前、ロータリー前でスマホをいじっていた人はどんな顔だったっけ?と思う。
もしかしたら、同一人物なんじゃ……と、そこまで考えてから、逃げなきゃとハッとしたけれど、足が動かなかった。
逃げたいのに、ちっとも速く走れない、夢の中みたいだ。
強力な磁石で地面と靴の裏がくっついてしまっているかのように、足が動かない。
それでもじりじりと後ずさりするようにして逃げる私をなおも見つめたまま、男の人が一歩一歩、近づいてくる。



