とっくに恋だった―壁越しの片想い―



「HP残りわずかなんだろ? 簡単に他人に心開かない華乃ちゃんにそんなこと言われて甘えられちゃったら、普通、炊飯ジャーくらい抱える」
「……そんなわけないでしょ。平沢さんが異常に面倒見がいいだけです」
「まぁ、華乃ちゃんは可愛い後輩だしね」

ははっと笑った平沢さんが、鍵をかけに部屋に戻る姿を眺める。
そして、その姿がドアの向こうに消えたところで、小さくため息をついた。

ここに引っ越してきたときには、こんな距離感じゃなかったし、こんな風に甘えたりもしなかったのに。


ここに越してきた翌日。ベタかな、と思いながらも、挨拶にと包装してもらったタオルを片手にインターホンを押すと、中から出てきたのは平沢さんで。

〝あ〟という声が重なった。

平沢さんは、高校のときの先輩だ。部活もやってないんだし、と無理やりに押し付けられた生徒会で書記をしていたとき、副会長だったのが平沢さんだった。

どんなときでも、わりといつでもおちゃらけているというか、へらへらしている印象が強い平沢さんだけど、頭が悪いわけでも、仕事ができないわけでもない。

もとから頭の回転が速いようで、いざというときの対処は、必ずといっていいほど平沢さんがしてくれたし、突然のトラブルにも強かった。

そういう実力があるにも関わらず、驕らない態度で歩み寄ってきてくれる平沢さんの周りには、いつも人が集まっていたのを覚えている。

明るくて面倒見がよくて人を傷つけないから……それに、背も高く、顔もそれなりに整っているから。平沢さんはどこにいても輪の中心だった。

わざわざ言うことでもないと思っているから、言ったことはないけれど。
あの生徒会を動かし支えていたのは、会長ではなく平沢さんだったと今でも思っている。