「さっきの泣くとか泣かないの話ですけど。映画とかそういうのなら泣きますけど……現実世界でツラいことがあったりしても、まず泣かないですね」

周りに興味がないからだろうけれど、誰になにを言われても〝へぇ〟〝ふぅん〟くらいの感情しか湧かなかったし、恋愛にいたっては、特別誰かを好きだと思ったことさえなかった。

告白されて心が躍るなんてことももちろんなかった。

中学で入っていたバスケ部、最後の試合に負けたときにも、三年間精一杯やってきたつもりだったけれどそれでも涙はでなかったし。

卒業式も、涙を流すクラスメートをただ眺めていた。

……と、そこまで考えて本当になにかに心を揺り動かされた、みたいなことって経験ないなと自分でも驚く。

いつか、木崎さんが言っていたように、少し潔癖がすぎるかもしれない。

「えっ、嫌なことがあったりすると泣いたりしないの?」

驚いた声に顔をあげると、樋口さんが目を丸くしてこちらを見ていた。

「はい。もともと感情の起伏がそこまで激しくないので」
「それにしたって……え、梨元社長にあれだけ言われてて、今まで一度も泣いたりしないの? ひとりでも?」

「はい……。私こういう性格なので、学生時代も周りからなにか言われたりすることもありましたけど、その人はそういう考え方なんだなぁと思うだけで、あまり気にも留めなかったです」

クラスの中で形成されるグループに入らずにいたからか〝お高くとまってる〟だとかそのへんの言葉をかけられることはよくあった。

多分、陰口だとか悪口の類に入るのだろうけれど、それにたいしてなにかを感じたことはない。

「野々宮さんって、案外、不器用なのね。私以上かも」

〝不器用〟の意味がわからなくて聞こうとしたものの「そろそろ出なくちゃ」と言った樋口さんが煙草をギュッと灰皿に押し付けたのを見てやめる。

これからあと一軒回らないといけないという樋口さんに「行ってらっしゃい。気を付けて」と声をかけてから、私も洗った灰皿を持ってロビーに戻った。