とっくに恋だった―壁越しの片想い―



そういうことがないようにと、伝票を打った際には、本人が確認したあと、他の誰かに精査をしてもらう。

さらには、金額の大きい場合には代理までその伝票を回す、という作業があるのだけど。

それでも目を通り抜けてしまうことがあるのだから、どんなに気を付けているつもりでも、抜け穴ってできてしまうものなんだなと思う。

営業事務としての仕事は、ハンディー端末の入金までだから、そのあとは新入社員としての仕事に移る。
つまりは雑用だ。

一日に使ったコーヒーカップなんかの洗い物に、ロビーに置いてある灰皿の片付け、伝票やパンフレットなどの並べ直しや椅子の水拭き。

とりあえず、灰皿を集め、灰や吸い殻を捨てるために給湯室に行くと、樋口さんが煙草に火をつけるところだった。

給湯室前に置いてある営業カバンを見ると、これからまた出かけるようだ。

「今から出るんですか?」

灰皿をシンク横に置きながら言うと、「そう。一軒、どうしても十七時過ぎないといないっていうから」と返ってくる。

「現金は動かないから、まぁいいんだけどね」

フロアとはドア一枚隔てているせいで、給湯室や二階への階段、書庫などがあるこちらのスペースはしん、と静まり返っていた。