とっくに恋だった―壁越しの片想い―



「ん? 聞いてるの? 大体ね、野々宮さん、普通は一度注意されたなら、その次に会うときまでには直してくるものでしょ。なのにひとつも直せないで、笑顔のひとつも――」

ペラペラと話す梨元社長の声を、どこか遠くに聞く。

なんで今笑えなかったんだろう。
なんで……こんなにも、気持ちが折れてしまっているんだろう。

梨元社長のクレームなんていつものことだし、今まで自分なりの反撃を上手くしてきたのに、今日はそれができない。

戦う前からぽきりと戦意が折れてしまっていることに、今さら気づく。

もしかしたら、自分で気付いていないだけで、体調でも崩しかけてるんだろうか。

そう思い、今日は温かいものでも作って食べて早く寝ようと心に決める。
社会人一年目の病欠は、あまり好ましくない。

「以後、気を付けます」

ちっとも笑顔を作れないまま頭を下げた私に、梨元社長が大きなため息をついたのが、音でしっかりと聞こえる。

それさえも、コピー機の音だとかそういう雑音のひとつにしか聞こえず、苛立ちもなにも感じない。

これは……よほど重たい風邪の前触れかもしれない。

まずいまずいと焦り、帰り道、薬局で市販の風邪薬を買おうと決めながら梨元工業から出た。