とっくに恋だった―壁越しの片想い―



日中はまだまだ夏という感じで、気温だって30度近く上がる日が多い。

でも、夜はもう秋の気配を含んでいて、通って行く風が気持ちよかった。

暑すぎる夏も、寒すぎる冬も苦手な私にとって、過ごしやすい貴重な季節。

平沢さんの言うように、これからの季節、梨や桃、林檎といった私の好きなテイストのお酒も店頭に並びだす。

それを飲みながら、平沢さんの作ったお鍋を食べたら間違いなく満たされるだろうなと思う。
あの人、料理の腕はかなりのものだから。

あまり、なにをしていても幸せだとか楽しいだとか、そういった感情は感じにくいと自分自身思いながらここまできたけれど。
最近は、それが少し変わってきている。

きっと、仕事が想像以上にツラいせいかもしれない。
だから、なんでもない平和な時間に幸せを感じるようになったのかも。

……それが、いいことなのかはよくわからないけれど、とりあえず、なんでもない時間を幸せに感じるようになったのは、悪いことではないはずだ。

いつもよりも少し澄んで見える星空を見上げてから、十歩ほど先の自分の部屋に戻ろうとして……前から歩いてくる女性に気付いた。

ふわゆる黒髪の、ヒールが似合う大人の女性。平沢さんの部屋にポーチをとりに来た人だ。

一重のきりっとした瞳が印象的な美人とすれ違うと、あの香りに混じってわずかにアルコール臭がした気がして、平沢さんが言っていたことを思い出す。

どこかで飲んでるのかもだとか、そんなことを言ってたっけと。