とっくに恋だった―壁越しの片想い―



「さすがに早すぎません? 秋っていうよりまだ夏の感じですけど」

振り返って言うと、平沢さんが笑う。

「いいじゃん。材料なんか適当でいいんだし、冬待たなくてもさ。
それに華乃ちゃん冷え症だから、身体あったまるよ」

「え、一緒にですか?」
「うん。一緒にしようよ、鍋。この時期から始めれば、冬の間に色んな鍋試せるし」

そりゃそうだろうけど。

「これから秋とか冬限定のチューハイとか出てくるじゃん。華乃ちゃんの好きそうなテイストのやつ。
それ飲みながらやろうよ、鍋。俺はビールだけど」

こんな風に、本当に楽しみにしているみたいな笑顔で言われてしまえば、断るなんて選択肢は私の中からは抜け落ちてしまう。

たかが後輩の私にここまで構うのを、いつか〝後輩コンプレックス〟みたいに言ってつついたことがあったけれど。

平沢さんの笑顔ひとつで、まぁいいか……と思えてしまう私も、充分〝先輩コンプレックス〟なのかもしれない。

「じゃあ……気が向いたら、そのうち」

それだけ言い、「ん。おやすみー」とヒラヒラ手を振る平沢さんにぺこりと頭を下げてから部屋を出る。

途端、どっぷりと暗くなった空からは日中には感じなかった、ひんやりとした風が降りてきて髪を揺らしていった。