とっくに恋だった―壁越しの片想い―



「なんか、ポーチ忘れたとかで、今から取りにくるんだって。華乃ちゃんのうしろとかにある? ポーチ」
「えっと……なさそうです。取りにこれるくらい、家近いんですか?」

私がすれ違ったのは、もう一時間半くらい前のことだ。

なのに今から取りにくるなんて、このアパートから出たあと、その辺をウロウロしていたか、家が近くかのどちらかだろう。

それか……そのポーチがよほど大切なものか、だけど。

決して広くはない上、私の部屋以上に物がないこの部屋で、ぽん、と置いて行ってしまったポーチが見当たらないなんてことは難しいように思う。

トイレだとか洗面所だとか、そういう場所に置きっぱなしにしてしまっただとかだろうか。

「いや、近くはない。電車で三十分くらいはかかるって言ってたし。
多分、まだこの辺ウロウロしてたのかもな。割と飲むタイプだから、駅あたりで飲んでたのかもだし。十分くらいで着くって言うから」

「なるほど。じゃあ、とりあえず私、食器だけ洗ったら帰りますね」

そう言い、自分の食器と平沢さんの食器を重ねて持ち、立ち上がると、平沢さんは四つん這いの体勢のまま「え? なんで?」と不思議そうに私を見上げた。