「なんですか?」
「野々宮さん、梨元社長にそんなに言われて、本当にまったく堪えなかったの?」

「そういうわけでもないですけど……。その場で落ち込んだりだとかそういうことはなくても、帰り道はわりと気持ちが重かったですし。
ただ、翌日までは引っ張らなかったかなって感じです」

アパートの階段をあがるのさえ面倒くさくて仕方なかったのは、確かだ。

だからそう言うと、樋口さんはため息を落として眉を寄せた。

「じゃあよっぽど気持ちの切り替えが上手いとかかもね。私なんてまだ引きずってるもの」

……そうなんだろうか。
今日は、木崎さんにもそんなようなことを言われたし、これで二回目だ。

今まで自分を切り替えがうまいだとか、受け流すのが得意だとか思ったことなんてなかったけれど……そうなんだろうか。

どうもそんな風には思えずに黙っていると、樋口さんが「じゃあ、伝票よろしくね」と言ってオフィスに戻っていく。

その背中に「わかりました」と声をかけて、洗った食器を拭く作業に移った。