「野々宮さんが平気な顔して乗りきってくれちゃったおかげで、私の面目が丸つぶれなんだけど」

洗い物をしていた手を止めて振り向くと、樋口さんが煙草に火をつけるところだった。

営業時間を終えたあとの給湯室。
来客時に使ったコーヒーカップを洗っていた手を止め水も止めると、樋口さんが苦笑いを浮かべながら言う。

「野々宮さんがあまりに飄々としてるから、先週泣いた私はなんだったのって感じ。
よく梨元社長に言われて平気だったわね。色々言われたんでしょ?」

樋口さんがふーっと吐き出した煙が、透明な空気とまじりあい溶けていく。

営業の人は、職業上、仕方ないのか、喫煙者が多い。
うちの支店の場合は、七人中五人が喫煙者だし、それは他の支店でも同じくらいの割合だ。

煙草を吸うっていう行為が休憩の名目としては一番許されやすいという社風は、どこの会社もきっと同じなんだろうと思う。

私がいつか〝煙草を吸うことでしか休憩とれないなんておかしい〟みたいな話をしたとき、平沢さんも、そんな話をしていたから。

〝どこの会社も同じなんだなー〟って。

ちなみにだけど、平沢さんは煙草を吸わない。
本人いわく、そんなものにお金をかけるなら一度飲みに行ったほうがいいらしい。

なんだかんだで人といるのが好きな平沢さんらしい。

「ああ、梨元社長……まぁ、言われましたね。
ざっくり言うと、女なのにニコニコできないなら会社にいる意味ないとか、愛想なくても問題なく仕事できるのは若いうちだけで、そのうち上手くいかなくなるとか……主に私の無表情についての嫌味でした」

樋口さんの吐き出す煙が、換気扇がつくった空気の流れにまきあがっていくのを眺めながら答える。