「迷惑かけてしまって本当にすみませんでした。正直、まだどうすればいいのかわからないし……平沢さんに会ったりしたら動揺してまた崩れちゃうかもしれないけど……。
でも、これからは、こんなにまでなる前に、ちゃんと吐き出します」

こんな風に、迷惑をかけてしまう前に。
そう言うと、樋口さんは「そうね」と微笑む。

「これからは、定期的に野々宮さんを吐かせる会するって木崎と決めてあるから、もうここまではきっとツラくならないと思うしね」
「え、吐かせる会……?」

「もちろん、物理じゃない方ね。そういう機会でも作らなきゃ、野々宮さんはダメなタイプだもの。私もどっちかっていうとそうだからわかる」

にこりと笑った樋口さんは、なにも言えなくなった私を見て「今までは、平沢さんがその役目をしてくれてたんでしょう?」と聞いた。

……そうだ。
今までは、それを平沢さんがしてくれていた。

私がツラくて崩れちゃう前に、全部聞き出して、気持ちを軽く綺麗にしてくれていたんだ。
私にさえ、気付かせずに。

「……はい」とちいさく頷くと、樋口さんは「平沢さん、なかなかいい男ね」と言う。

ハッとして視線を合わせれば、優しい色を含んだ瞳がそこにあって……ぐっと喉の奥に力をこめながら頷く。
声には、ならなかった。

「野々宮さんが惚れ込んじゃうのも当然よね。あ、ねぇ、コンビニでなにか買って行ったほうがいいんじゃない? どうせ、家に帰っても食べるものとかないんでしょ?」

コクン……と頷いて、うつむいたまま顔があげられなくなる。

それなのに、樋口さんが優しく微笑んでくれているのが手に取るようにわかってしまって……また、瞳の奥が熱くなった。

すぅ、と朝の冷たい空気を吸い込み、深呼吸をひとつ。
それからぐっと顔をあげる。

とりあえず、きちんと食べることから始めよう。

これ以上、この優しい先輩たちに心配をかけないように。
いつか……平沢さんとちゃんと顔を合わせたとき、情けない自分じゃなくて、胸を張っている自分で会えるように。

ちゃんと食べて、ちゃんと寝る。
全部は、そこからだ。