とっくに恋だった―壁越しの片想い―



いいや、どうせもうあとはお風呂に入るだけだし。

だから好きに撫でさせていたけれど、あまりにそうしているから「もういいでしょ」と軽く手を払う。

平沢さんは「俺の元気が移るといいなーと思って」と笑うから、「ハンドパワーとか胡散臭いんですけど」と鼻で笑って返した。

「間違って世話焼きが移ったら困ります。……ご飯、おいしいです。ありがとうございます」

嫌味に混ぜたお礼に、平沢さんは満足そうな笑みを浮かべて「ならよかった」と、自分も食事に戻る。
それを視界の端で見ながら、私も箸を進めた。


今日、梨元さんのところから帰ってから言われた内容を報告しても、私のことを心配してくれた人はいなかった。

〝やっぱり野々宮さんに任せて正解だったなぁ。あの社長には現代っ子っていうの? 野々宮さんみたいに適当に受け流せる子が適任だよ〟

〝野々宮さんって、あまり他人の言うことにいちいち気を止めたりしないでしょ。あ、いや、嫌味じゃなくてさ、それって営業っていう仕事では長所になるしいいと思うって意味で〟

そんな風に、梨元さんから言われた言葉にちっとも傷ついていないと思われたのは、普段の私の態度にあるんだろう。
職場の人に〝現代っ子〟って表現されるように、私は基本的にそういう要素が強いのだと思う。

なにに対しても割と無気力だし、感情の揺れを表に出すことも少ない。
怒りだとかを表に出したところで、きっと分かり合えない人間の方が多いと思うし、わざわざ怒るのも疲れる。

他人は他人。この人はこういう人なんだろう。
そう割り切って考えている私でさえカチンときてしまうような人は、梨元社長みたいに意図的に喧嘩を吹っ掛けてきているような人だから、そんな人に怒って労力を使うのは賢くない。