とっくに恋だった―壁越しの片想い―



木崎さんの言葉を遮って言った平沢さんは、にこっと笑って続ける。

「迷惑かけちゃってすみませんでした」

引き取るなんて、どういうつもり……?

ただ同じアパートだから、部屋の前まで送るだとかそういう意味だろうか。
それとも……それ以上の世話を焼くつもりだろうか。

そんなことが気になって、何も言えないでいるうちに、平沢さんが木崎さんに向かって謝るから、ますます何も言えなくなる。

迷惑をかけたのは私であって、平沢さんが謝る理由なんかないのに。

木崎さんはそれを指摘するわけでもなく、私をじっと見て、「野々宮、平沢さんって信用できるひと?」と小声で聞いた。

酔っぱらっているわけではないけれど、フラフラしている状態だから心配してくれたんだろう。

コクリと頷くと、木崎さんは安心したように笑い、視線を平沢さんに戻し笑顔を作った。

「じゃあ、野々宮のこと、よろしくお願いします。あ、そうだ、これ、シュークリームとかなんで、冷蔵庫入れておいてください」

私じゃなく、平沢さんにコンビニ袋を手渡した木崎さんが、こっちを見て「じゃあな、野々宮。しっかり寝ろよ」と残し、背中を向ける。

その背中を眺めていると「華乃ちゃん、部屋行くよ」と、腕を掴まれた。

咄嗟に振り払おうとしたけれど……これは多分、木崎さんが、フラつくだとか、そういったことを言ったからだと判断し、そのままにした。

あたたかくて、優しい温度が服越しに伝わってきて、喉の奥の方がキュッと苦しくなる。
私の腕を引き歩く平沢さんの後ろ髪に、跳ねている部分を見つけ、胸の奥がふっとあたたかくなる。

平沢さんの階段の上がり方とか。歩くときに片手をポケットに入れるくせとか。
少し、俯きがちに歩くところとか。

それを、一歩後ろの距離から見つめて……そっと目を伏せた。