とっくに恋だった―壁越しの片想い―



「野々宮、知り合い? あ、もしかして、前、隣に住んでるって話してた先輩?」
「あ、はい……」

木崎さんに聞かれて、慌てて返事をする。
木崎さんは、私の好きな人が平沢さんだってことは知らないんだから、不自然にならないようにしないとと、意識して口を開いた。

「隣に住んでる、平沢さんです。こちらは、職場の先輩の、木崎さんです」

私の紹介を聞いて、ふたりがぺこりと頭を下げる。
それから、少しの沈黙があって……先に口を開いたのは、木崎さんだった。

平沢さんはこういうとき、率先して間を詰め、場を和やかにしようとする。
だから、黙ってしまうなんて珍しいなと思った。

「ここのところ、仕事がとにかく大変で、野々宮にとっては多分、仕事してきた中で一番忙しかったから、少しバテちゃったみたいで。
飲み会だったんですけど、足取りがフラフラしてたんで送ってきたんです」

説明する木崎さんに、平沢さんはわずかに微笑み「そうですか」と答える。

「でも、仕事が早いから、助かってるんですけどね。着々と正確にこなしてくれるおかげで、安心して事務処理任せられるし」

「なっ」と頭をガシガシ撫でるから、それを振り払う。

「お世辞とかいらないですから」
「またまた。謙遜するなって」
「してませんし、あれくらい誰でもできます。……もう、本当にここでいいですから」

アパートまではもう、十メートルもないし、問題ない。
だから「ありがとうございました」と言ったのに、木崎さんは不満そうに顔をしかめた。

「でも、野々宮、普通の道だってフラフラしてたじゃん。二階だろ? 階段でフラついたりしたら擦り傷どころじゃ済まな……」
「――俺が引き取りますよ」