とっくに恋だった―壁越しの片想い―



「野々宮、これどっちかに曲がる?」

今までは、樋口さんじゃないけれど、まるで幽霊みたいにふらふらと浮くように歩いていた。

それが今はしっかりと地面を足で踏みしめられている……と実感できたところで聞かれ、顔を上げる。

「あ、そこのアパートなので、もうここで――」

五メートルほど先に見えるアパート。
それを指さしながら言った、視線の先。

こちらを見ている平沢さんがいて……時間が止まった気がした。

私と同じように驚いている様子の平沢さんから、すっと目を逸らす。

別に不思議なことじゃない。
だってここは、平沢さんだって住むアパートだし、今から出かけるだとかそんなところだろう。

だから、全然……全然、なんでもない。

「ああ、これ? 野々宮の住んでるアパートって」

私の心の動揺になんて気づかずに言う木崎さんにハッとして、「あ、はい……」と頷いてから……目の前まで近づいた平沢さんと目を合わせた。

「華乃ちゃん……久しぶり」
「……久しぶりです」

二週間ちょっと前にも、こんな話をしたな、と思いながら言う。

じっと見上げてみると、平沢さんはどこも変わっていなくて、その変わりない姿に、胸の奥がキュッと締め付けられた。

会いたくないと、思ってた。
だって、会ったって苦しいだけだから。

でもそれは違って……今、こうして会ってみて初めて、こんなにも会いたかったんだと気づかされる。

会いたいなぁ……とか、そんなレベルじゃなかった。
もう、引力に近い。平沢さんのすべてに引き寄せられる。

痛いほどに。