とっくに恋だった―壁越しの片想い―



たん、たん、とゆっくり下りる階段。

たまにぐらっと脳が揺れたように視界も身体もおかしくなるから、ぐっと足に力を込めながら下りる。

ふらっときても、平地なら大丈夫だけど、階段だと危ない。
ここ半月ほどは気を付けている。

最近は立ちくらみがひどいから、動き始めも充分気を付けるようになった。

こんなのに慣れても仕方ないから、本当に早く不摂生から抜け出さないとマズイ。

引っ越し……とかも、視野に入れたほうがいいのかもしれない。

「たまにだけど、全然気づかないうちに好きになられてたみたいで、驚くことはある。あ、本当にたまにな」

「別に謙遜しなくてもいいですよ。モテそうなの、わかりますし」
「えー……いや、だって、なんか嫌じゃん。自慢みたいで」
「私が聞き出してるんだし、そうは思いませんけど」

最後の一段となった階段を下りる。
それから、「ひとつ、教えて欲しいんです」と告げた。

「好きな人を諦めるには、どうしたらいいですか?」

木崎さんのもともと大きな目が、みるみる丸くなる。

じっと見つめていると、丸かったそれはじょじょに細められ、にこっと三日月形に変わった。

「なんだ、野々宮の不調はそういうことかー」

ぽんぽんと頭を撫でられ、失言だったかもしれないと思う。

でも、からかわれる結果になったとしても、聞きたかった。
この人が、どうやって好きな人を諦めたりするのか。

木崎さんみたいな人でも、ツラくて仕方ないとか感じるのかを、知りたかった。