とっくに恋だった―壁越しの片想い―



木崎さんの膝から離れ、トイレに行ってから戻ってくると、もう会はお開きとなっていた。

支店長から預かったお金で会計を済ませた木崎さんが、私に気付き「こっちこっち」と手招きをする。

「他のヤツらはもう二次会のカラオケに向かって歩き出してるけど、野々宮は行かないだろ?」

そういえば、木崎さんの太腿に頭を預けていたとき、〝二次会はカラオケでいいよな〟みたいな会話を誰かがしていたなと思いだす。

「はい。行かないです」

木崎さんに続いてお店を出て、ピシャリと引き戸を閉めると、冷たい空気が一気に身体の中へと流れ込む。

まだまだ賑やかだった店内の声は遮断され、代わりに聞こえるのは、道路を走る車の音。

穏やかだけど冷たい風が、さわさわと木々を揺らしていて、その音が耳に心地よかった。
泣きはらして腫れた目を冷やす、冬に近づいた風が気持ちいい。

「木崎さんはこれから合流するんですか?」

当たり前のように二次会に出るものだと思って聞くと、木崎さんは意外にも「いや、俺二次会行かないから」と言うから驚く。

「え……珍しい……」
「なー。明日多分、ゲリラくる」
「木崎さんなら戦えそうですけど」
「豪雨! 豪雨のほうっ」
「それはそれで明日は溜まった洗濯物干したいから困ります。……木崎さん、電車でしたっけ?」

腕時計を見ると、時間は21時18分。

結局帰りはいつもと同じ時間帯になりそうだった。