「そこ!イチャイチャしてんじゃねーぞ!!」



和君の後ろから、瀧川先輩と北口先輩が走ってくるのが見える。

い、イチャイチャだなんて…もう私の恥ずかしさはMAXに達していて、和君の腕から逃れようと必死にもがく。

けれども、彼は一向に離してくれない。



「お前雪ちゃんゆでだこみたいになってるぞ」



「離してやれよ」と言う北口先輩が、神様に見える。

けれど、和君は離すどころか、抱きしめる腕に力を込めてくる。



「バーカ、雪のこと見んな。雪も、そんな可愛い顔俺以外に見せちゃダメだろ?」



〜っ。

完全に、オーバーヒート。




「お前…ほんと頭イかれたよな…」



瀧川先輩の言う通りだ。

和君は、私を避けている時には考えられないほど、私に甘くなった。



「ま、今のお前の方が好きだけどさ…」

「俺はお前嫌い」

「ばっ…やっぱりお前なんか嫌いだわ!」



和君と瀧川先輩の会話に、みんなが一斉に笑った。




「寂しくなるねー…」



瞳ちゃんの台詞に、黙って頷く。



「笹川と小泉は、雪に変な虫が付かないようにちゃんと見張っててくれな」

「はいはい、りょーかいりょーかい」



聞き流すような返事は楓ちゃんのもので、私はおかしくってまた笑ってしまう。




「それじゃ、雪、帰ろ?」



和君が、手を差し伸べて来た。



「は?夜は和哉の家で卒業祝いするって言ったろー!」

「夜だろ?それまでは2人にさせてくれよ」

「はー!今からカラオケ行こうって行ってたのによ」

「お前らとカラオケ行くより、俺は雪と2人でいたい」

「お前…俺たちじゃなかったら連むのやめてるぞ?」



ごもっともです、北口先輩…。




「じゃーな、また夜」

「はいはい。二人で楽しんでね〜」



少し申し訳ないけれど、私は肩を引かれるまま、和君についていった。



「近くの駐車場に車停めてるから、行こう」

「車…!もう届いたの?」



和君は、一ヶ月前免許を取ったのだ。

車が届いたら一番に、助手席に乗せてくれると言ってくれた。



「うん、昨日」



微笑む和君に、私も笑い返す。



青い中型車。

その色はとても和君に似合っていた。



うわぁ、新車の匂い。



「どこ行くの和君?」

「んー、内緒」



私と和君を乗せた車が、発進する。





ついたのは、私たちが昔住んでいたマンションだった。





「ここ…」

「さ、行こう」



どうして…?

和君の考えていることがわからなくて、首をかしげる。

差し伸べられた手を、ただ握った。



どうやら、目的地はここだったらしい。


まだ面影の残る、ピアノルーム。



そこに入った瞬間、いろんなことを思い出して、なんだか泣きそうになった。



「どうして…ここに?」


「んー…?」



和君ははぐらかすように、ニヤリと笑う。



「座って」



言われるがまま、ピアノの前に座った。



「雪…誕生日。おめでとう」



…え?



「覚えてて、くれたの…?」

「あったりまえだろ。好きな女の誕生日、忘れるわけがない」



その言葉だけで、嬉しかった。



「16才だな」

「うん」

「やっと、渡せる」



和君は、カバンの中をガサゴソとあさって、何やら白い箱のようなものを取り出した。



「誕生日プレゼント」



そう言って、私に渡してくる。

…誕生日プレゼント?



私は、ゆっくりとそれを開く。

白い箱の中には、さらに青い箱が入っていて、それを開けるとーー



ーーー中には、指輪が入っていた。




「バイト禁止だから、貯めた小遣いで買ったんだけど…」




照れくさそうにそう言った和君に、涙がこぼれる。



「雪」


「…っ」


「今はまだ、正式には無理だけど…」



和君は、私の前に跪いた。

青い箱に入る指輪をとって、私の薬指に填める。



「…結婚しよう。

俺が、自分が稼いだお金で、これよりもっといい指輪を、填めさせてあげられるようになったら」




ーーー思っても、みなかった。


私に、こんな幸せな日が訪れるだなんて。



涙がポロポロと溢れて、あふれ出して止まらない。



「は、はぃ…っ」

「ははっ、泣くなよ」

「だ、だって〜…っ」



泣かずにはいられないよ。

だって私、今絶対に、世界で一番幸せなんだもん。


立ち上がった和君に、ぎゅーっと抱きつく。


和君は私よりも強い力で抱きしめ返してくれて、愛しさが溢れ止まらなかった。




「雪」



名前を呼ばれ、和君の顔を見上げる。

ゆっくりと、近づいてくる唇。


とてもとても、幸せな瞬間だった。



「それと、さ……」

「……?」

「俺、約束しただろ……?」

「約束?」

「雪のために……曲作ってやるって……」

「あっ……!」

「帰ったら……きいてくれる?すっげー恥ずかしいけど……」

「う、うんっ……嬉しいっ……!ききたい!」

「それじゃあ……もうちょっとゆっくりしたら、帰ろうか?」



私の頭を優しく撫でて、微笑む和君。


この人と、これからの人生を歩んでいく。



ーーその幸せを噛み締めながら、私たちはどちらからともなく、抱きしめあった。