「思い出さなくてもいいの」
両手を、包み込むようにして、私の熱を伝えるように握りしめる。
自分の瞳から流れる涙なんて今はもうどうでもいい。
今はもう、何もかもがどうでもいいんだ。
彼がここにいる。
和君が、生きている。
…もう、それだけでいい。
「あなたは、私のことを思い出さなくてもいいの。私が憶えているから、大丈夫」
和君にとって、私の記憶はいいものではなかったはずだ。
ーー彼は言った。
私の顔を見るたびに、お母さんの顔を思い出すと。
私と彼には、消せないような忌々しい出来事が山ほどある。
彼にとって必要のない、消えた方がいい記憶が消えた。
和君はもう…これ以上苦しまなくていいんだよ…っ。
「でも…1つだけ憶えていて」
和君は、驚いた表情で私を見つめていた。
それもそうだ。目の前で、知らない女が泣きながら自分に微笑んでいるんだから。
驚くに決まってる。
けれど、そんなことも今はどうでもいい。
「わたしは、あなたにたくさん救われたの」
私は、伝えたいことだけを伝えるんだ。