妖しく溺れ、愛を乞え

「そ、そうですよ専務」

 部長と支店長の言葉に、あたしも重ねた。

「あたし、お送りしますから! まだふらついてるから、ね、支店長!」

「あ? ああ……そうだな、春岡くん、頼むよ。そのままきみも帰って良いから」

「ねぇ、心配ですもの。専務」

 そうこなくちゃ。同じ場所に帰るんだけれども。

「僕、車出します」

 営業が言う。

「ああ、良いよ。タクシー拾うから。ありがとうございます」

「さ、専務。支度なさってください。あたしも猛スピードで着替えてきますから」

「そ、そうか。すまない」

 そう言い残して、ダッシュで更衣室へ行く。あとから初乃さんが付いてきた。

「専務、大丈夫かしら……倒れるくらいお疲れだったのね」

「まぁ、急に決まった出張でしたからね……風邪でもひかれたのかもしれません。熱もあるのかも」

 取り繕う為に喋りすぎだ、あたし。こういう時はあまり喋らない方が良い。

 あたしが着替えを始めると、初乃さんは事務所へ戻って行った。早く準備して行かなくちゃ。制服を脱ぎ捨ててロッカーに投げ入れ、私服に着替えパンプスを乱暴に履いた。

 そしてすぐに支店長室へ行く。深雪はソファーに座らせられていた。色が白いから顔色が良いのか悪いのか分からない。でも、苦しそうにはしていないから大丈夫だと思う。
 あたしの体液が入っているんだから、大丈夫。

「お待たせしました。すぐ出られます」

「春岡くん、なにかあったらすぐ電話しなさい」

「はい! 了解しました! じゃ、お疲れさまでした!」

 鞄を自分で持とうとするのを取り返し、そのまま抱えて、ぐいぐい背中を押して会社から出た。トロいよ、もう!

「あ、タクシー来た。こっちこっち!」

 良いタイミングで通りかかるものだね。手を挙げてタクシーを掴まえると、あたし達の前に滑り込んで来た。

「さ、早く帰ろう」

「ごめんな、心配かけて」

 そんなのどうでも良いから、早く帰ろう。

 まだ明るい中、会社を早退する。たくさんの秘密と共に。背徳感でそわそわする気持ちを深呼吸で静める。

 タクシーの後部座席で揺られながら、ふうと息を吐いた。すると、そっと、深雪が手を握って来た。