妖しく溺れ、愛を乞え

「すみません、ちょっとここ閉めますね!」

「え、ちょっと」

「息が無いから、人工呼吸しますね!」

 まわりに居た人を締め出し、トイレのドアを閉めた。そして、うつ伏せに倒れている深雪を仰向けにして頬を叩いてみた。

「大丈夫!? 深雪! しっかりして」

 全然反応が無い。胸に耳を当てると、鼓動は聞こえる。息はしているのかよく分からない。

「目を開けて!」

 深雪の唇に自分のそれをあてがった。閉まっている唇と歯を舌でこじ開けて、息を吹き込む。唾液、あたしの唾液を注ごう。それで気が付くかもしれない。舌をできるだけ奥に差し込んで、お願い、飲み込んで。お願い……!

 クチクチという音がして、口の端から唾液が垂れた。

「う、ふ……」

 深雪の息が口から吹かれる。戻って、お願い。

「深雪、飲んで……お願い」

 息と、あたしの唾液を、深雪へ注ぐ。お願いだから、気が付いて。だめよ、このままなんて……!

「ご……ごほっ」

 咳き込んで、深雪の顔が苦痛に歪んだ。

「やった、気が付いた?! 深雪! しっかりして!」

「み……雅……?」

 よ、良かった。気が付いた。

「おれ……」

「大丈夫? 倒れて気を失っていたの」

「……ああ、そうか」

 バタバタと足音が聞こえて、トイレのドアが乱暴に開いた。そうだ、救急車! 少し開いていたトイレの窓から、サイレンが聞こえ、一番大きなところで音の動きが止まった。ちょうど到着したらしい。

「おい! 救急車来たぞ!」

「ええ!」

「あ、専務!」

「大丈夫ですか、いま救急車来たので」

 救急車と聞いて、深雪がさっと起きあがった。もう起き上がる? 大丈夫なんだろうか。

「いや、いい」

「え、専務、ちょっと」

 支店長と営業がびっくりして立ち上がろうとする専務を制した。いくらなんでも、気を失っていたのに急に起き上がるのは無理な気がする。