妖しく溺れ、愛を乞え

 その時だった。廊下でなにやら叫び声が聞こえる。あたりに緊張が走った。なんだろう。支店長……?

「誰か! 来てくれ!!」

 尋常じゃない声に、フロアのみんなが席を立った。営業の人が飛び出していく。バタバタと足音が聞こえる。そして、すぐ戻って来た。

「どうしたんですか」

「専務が倒れた……!!」

「えっ!」

 深雪が倒れた。まさか……。

「意識が無いみたいなんだ」

「救急車だ」

「きゅ、救急車!?」

 うそ。あたしは駆け出していた。深雪! 支店長室へ行くと、湯呑みだけ残されていて、誰も居なかった。「トイレ」と誰かの声がしていた。トイレで倒れた?

 あたしは男子トイレに走った。営業と支店長の声が聞こえてきた。「専務!」「しっかりしてください」という声だった。

「専務がトイレに立ってから、バタンって音がしたから行ってみたら……」

 行ってみると、床に深雪がうつ伏せに倒れていて、倒れる時に手で支えようとして払ってしまったのか、飾りの造花なんかが床に落ちていた。

「み、専務」

 ぐったりと目を閉じて、白い横顔。元から色が白いけれど、生気の無い顔色だった。倒れた時に顔面を打っていないだろうか。頭を打ったりしていないだろうか。

「ど、どうしよう……」

「救急車を呼べ、呼んでるんだろ!?」

「だめ!」

「は?」

「あ、いえ、あの」

 こいつ頭おかしいのかっていう目で見られてしまった。「お前行け、急げ!」と支店長が営業へ言う。そこへ、ひとりふたりと人が集まって来てしまった。

 どうしよう、どうしよう。意識が無いほどの状態は今まで無かった。

「専務、専務! 目を開けてください!」

 このまま救急車を呼ばれてはまずい。どうしようどうしよう。

「春岡、ちょっと見ていてくれ。救急車呼んだら誘導するから。初乃ちゃんも呼んでくるから」

「は、はい」

 どうしよう。このままでは病院に運ぶハメになってしまう。だめだ、それは……。