妖しく溺れ、愛を乞え

 支店長室は広いから、深雪のデスクも置いてある。支店長は居心地が悪いだろう。小さな支店にぶち込んで来るから悪いのだ。でも、ふたりとも、会社に一日中居るわけじゃないし。押印が欲しい時だけ居てもらえば、部長と課長で事足りる。なんて、そんなことを言って邪魔者扱いしちゃいけないんだけれど。

「失礼します。お疲れさまです」

 支店長室の応接セットにふたりは腰かけて図面を見ていた。あたしは見て分からないけれど、深雪は分かってるのかしらね……。

「あ、ありがとう」

「あ、春岡くん。あとで本店から通達が来ると思うけれど、長期出張に伴い支店内のことは専務か俺のハンコで回すことにするから」

「どちらか一方で、宜しいということですか?」

「そ。部長にも言っておいてくれ。もう連絡は来ているかもしれないが。うち通達遅いからなぁ」

 電話の1本くらいは来ているかもしれない。

「承知いたしました」

「よろしく」

 深雪はお茶を受け取ると、そう言った。今の時間に帰ってくるということは、今夜は早く帰って来られるのかな……。

 目が合うと、パチンとウインクをしやがった。

「……!」

 目が細くていまいち分かんねぇよ!

 おっと、口が悪いわよ雅。落ち着いて……。

「し、失礼致しました……」

 小さく言って、そそくさと支店長室をあとにした。

 デスクに戻り、書類に向かったけれど集中できなくなってしまった。なんでこんな……動揺し過ぎだし、仕事に支障が出ている。オフィスラブに心と体を燃やす人達を尊敬してしまう。

「んんんん……」

「なに唸ってんの」

 上から降ってきた声にビックリする。部長だった。

「はっ、部長」

「これ、本店の安全管理に送って」

「は、はい……」

 どっしりと重いファイルを渡されて、正気に戻る。しっかりしろ、雅。ボーっとするな。