妖しく溺れ、愛を乞え

 バスに乗り、駅へ向かう。そこからは徒歩で会社へ行く。深雪のマンション、ちょっと会社から遠い気がするんだよね。通い難いし……。

 文句を言っちゃいけないわ、雅。寝るところもあるし、ご飯も用意して貰って文句を言っていては罰が……。

「あ」

 バスに揺られている途中、思わず声が出てしまう。満員という程ではないけれど、空席は無く数人が立って乗っている。

「なんだ」

「昨日行ったお店で、お土産のサンドイッチ買って来たんだった。忘れていた。キッチンに置いたまま……」

 そう、すっかり忘れていた。

「ビニールに入ったやつか? 白い紙で包まれていて、中身が分からなかったから冷蔵庫に入れておいた」

「え、うそ、さすが」

 気が利いている。あのまま出しっぱなしだったら、もう暖かくなってきているし、ちょっと不安だものね。

「匂いが、チーズだったから」

「そう、チーズサンドなの」

 朝食にと思って買ってきたのにな。

「じゃあ、今夜はそれをメニューに加えよう」

「朝食がトーストだったのに、夜もパンじゃ飽きない?」

「雅が嫌なら止めるけれど?」

「嫌じゃないよ。美味しいチーズサンドなんだよ」

 なんなら朝昼晩、それを食べても良いくらいだ。

「雅、食いしん坊の顔」

「……すみませんね……」

 口を尖らせて、窓の外を見た。

 街路樹の緑が、太陽の光を反射してキラキラ光っている。車のボンネットも、標識も。

 気持ちの良い朝だな、そう思ったとき、つり革を掴んでいない手に、深雪の手が重なった。そのまま、ぎゅっと握られる。

 ハッとして、隣に立つ深雪を見ると、窓の外を眩しそうに見ていた。瞳に光が当たって、薄く見える。 

 眩しそうに、どこを見ている? なにを見ているの? なにを考えているのかな。あたしにそれが分かる力があると良いのに。

 駅が終点のバスだから、降りてそれぞれ別な道を通り、会社に向かった。