妖しく溺れ、愛を乞え

 スープと卵焼き、トーストが並べられたテーブル。昨夜転がったビール缶は片付けてあった。
 脱ぎ散らかした服も、きっと洗濯機の中だ。余韻もクソもあったもんじゃない。

「駅で離れよう。そうすれば大丈夫だ」

 テーブルに着いていた深雪は、エプロン姿のままコーヒーをひとくち飲んだ。

「……なんか楽しんでない?」

「えー? べつに」

 ニヤニヤしながらトーストをかじっている。

「さぁ、早く支度して。時間無いだろう」

「ああ、またギリギリになる!」

 急いで歯磨きを終わらせ、顔を洗った。
 バタバタとリビングへ戻るって、トーストをかじる。

「座って食べなさい」

「だって時間無いもん」

 深雪は、あらかた食べ終わっていて、スープを飲んでいるところだった。ワイシャツの上にエプロンをしている。すぐ出勤できる体勢だ。自分だけずるい。

 トーストがほんわり甘くて、体の覚醒を進めた。美味しいなぁ。

「トースト、美味しい」

「蜂蜜を薄く塗って焼いたんだ」

「甘過ぎなくて、脳が幸せを感じる」

「俺は雅のセクシーな格好に脳が燃え滾ってる」

 着席している深雪は、立っているあたしを下から舐め上げるように見た。

「脱がすぞ」

「じ、時間無いんだから!」

 時間あっても無くても、だめ! トーストの半分を口に押し込んで、着替える為に寝室へ駆け込んだ。

 いつもと同じ朝なのに、変化した深雪が居るから、調子が狂ってしまう。

 ……少し、ドキドキしてしまう。

 食器を片付ける音を聞きながら、適当に引っ張り出したワンピースを着る。ストッキングを履き、髪をブラッシング。念入りにメイクをする時間が無い。ああもう、どうして毎朝こうなの。

 あたしは昔から朝はこうだ。ばっちりメイクで出勤する女性は、マジでリスペクトする。

 ベースとリップだけ施し、バッグを持つ。リビングへ戻ると、深雪はネクタイを結んでいるところだった。黒髪の深雪に戻っている。

「準備できたか?」

「うん」

「……ちょうど良い時間だな」

 いつもの出勤時間には間に合ったみたいだ。

 戸締りを確認して、一緒に玄関を出る。前を歩く深雪の背中。パリッとした清潔感のあるスーツの、広い背中。

 白い深雪も嫌いじゃない。朝から変化していたり戻ったり、忙しいひとだ。