妖しく溺れ、愛を乞え



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「黄金血の愛は、呪いを解く。これは里の言い伝えに加えたほうが良いな」

 出汁の良い香りに包まれた店で、寝間着にしている浴衣姿の深雪に割り箸を渡す。ここは、圭樹のお店。
 今日はあたし達以外、客は居ない。臨時休業にしたそうだ。

「そうかなぁ。たぶん例外だと思うぞ」
 浴衣は涼しげで、深雪にとても似合っている。

「そうそう」

「お前の存在自体が例外だ」

 ネギを切っているのか、トントンと包丁の音が心地良い。白い割烹着で髪を結い、蕎麦を打つ圭樹も、なかなか格好良い。


 呪いが、解けたのだ。

 長年苦しめられていた呪いの足枷が取れて、深雪はまるで体が生まれ変わったみたいだと言う。

 本当にギリギリだったんだと思う。事切れる寸前で、戻って来ることができたというわけ。

 あと少し、あたしの想いが遅かったなら、いま彼はここには居ない。そう考えるとぞっとする。

 会社から若くて格好いい「尾島専務」は居なくなり、みんなの記憶にも無い。忘れているんじゃなくて、元から居なかった。

 深雪の体がすぐには元に戻らなくて、最初は眠ってばかり。どれだけ弱っていたのか分かる。今日は、3ヶ月ぶりのお出かけだ。深雪が回復している間に、季節が変わってしまった。

 この数ヶ月の間に、街の中心部から少し離れた、のんびりして緑が多く見える場所に引っ越しをした。海か山かで揉めたけれど、山に飽きたら海にすれば良い。