妖しく溺れ、愛を乞え

「まぁ、また会うことになると思うが」

「へ……?」

 軽く手を挙げて、そのまま出て行こうとした。

「あ、言い忘れた」

「はい?」

「ゲロ臭いから早くシャワーを浴びた方がいい」

「……」

 そう言い残して、彼は出て行った。



 動きを止めたまま、どれくらいじっとしていただろう。

 なんだったんだろう。誰だったんだ。名前くらい教えていってくれれば良いのに。

「あたま、いたい」

 時間が気になった。窓の外は明るいから昼間なのは分かる。でも、頭痛がするし、今日は会社休みだし、このまま寝てしまおう。起きているのも面倒くさい。状況の変化に付いていけないし、色々ありすぎて。

「疲れた……」

 ゲロ臭いからシャワーを浴びろって言われても、もう、考えるのも面倒臭い。ベッドにゴロリと寝転んで、枕を顔に当てた。

 眠くは無い。目を閉じてじっとしていただけ。

 恋人に別れを告げられたり、住んでいた部屋を出たり、知らない男に拾われたり、朝起きたらキスされたり。

 なんなの、もう。あたしをそっとしておいてくれれば良いのに。運命の神様に構われすぎて、辛い。

 昨夜打ち付けた膝が、痛かった。