妖しく溺れ、愛を乞え

 だんだん、近付いているのは分かる。それだけ。

「命の期限が迫っているのは確かなんだと思う」

 ため息をひとつついた。
 店内に漂うコーヒーの香りと、煙草の臭い。

 店内にある時計を見た。いけない。予定より長居している。

「ごめんなさい。あたしもう帰らなくちゃ」

 あたしがそう言うと、圭樹は店のナフキンにペンでなにかを書いて寄越した。携帯の番号だった。

「なにかあったら、連絡よこしてよ」

 連絡するようなことが、無ければ良いんだけれど。

「雅ちゃんが個人的に、ふたりっきりで会いたいなら喜んで行くよ」

「……そういうことでは連絡しないと思います」

「ハッキリ言うね。ふられちゃった」

 バッグを持って立ち上がる。

「俺はもうちょっとここに居るよ。気をつけて帰って」

「はい。じゃあ……また」

「うん」

 食事でもするのかもしれない。

 あたしは圭樹を残し、カフェから出た。


 結局、遅くなっちゃったな。早く帰るって言ったのに。
 小走りでマンションへ戻る。深雪が待ってる。ひとりで、あの部屋で。

 勢い良く玄関を開けると、元気良く言った。

「ただいま」

 リビングへ駆け込む。
 ソファーに座る深雪が振り向いて、にこりと笑った。

「おかえり。どうしたの、そんなに急いで」

「ご、ごめんね。遅くなって」

「着替えておいでよ。ご飯食べよう」

 笑顔だった。深雪の笑顔を見て、とてもホッとしている自分が居る。

 深雪は立ち上がって、こちらへ寄ってきた。

「どうしたの、そんな顔して」

 とてもホッとした。おかえりって、ご飯食べようって。笑顔で。

「……どうした、なんで泣いてるの」

 髪を撫でてくれて、抱き締めてくれる。
 安心を、くれる。深雪と一緒に居たい。そう思って、離したくない。離れたくない。

「雅……」

「泣いてないよ。大丈夫、なんでもない」

 明日の朝、目覚めたら彼も笑っていてくれる。それがどれだけ幸せなことなのか。
 だからあたしも笑おう。

「ただいま。お腹すいたー!」

「お、なんか元気」

 一緒に居て、笑いあって、ご飯を食べて。おはよう、おやすみって言う。

 これから先もずっと、そうしたいんだ。深雪と、ずっと。