妖しく溺れ、愛を乞え

「みやびが欲しいから、早く帰って来なさい」

 末期だな。これはもう末期症状だ。

 ふざけてるのか真面目なのか、分からないところもあるけれど、深雪の真っ直ぐさは嫌じゃなかった。
 好きになるのに理由なんかいらないなんて、使い古されたようなことを言うあたりも、素直で真っ直ぐだからなんだと思うのだ。

 ひねくれた妖怪にならなくて良かったね。長く生きていると、根性が曲がりそうじゃない?

 冷蔵庫に野菜と肉が少しあったはずだ。あとはご飯を炊いて……。

 好きとか嫌いとか、そういうことにのぼせ上がる前に、深雪の体を思うと胸が詰まって破れてしまいそうになる。
 力を入れていないと、涙が出そうになる。

 もうすぐ、消滅する。その事実が重くのしかかる。

 深雪が待っている。マンションがすぐそこなのに。笑顔で居られる自身が無かった。泣き顔や暗い顔で帰ってはだめだ。でも……。

 見上げると首が痛くなる高層マンション。深雪はこのひとつに居る。あたしを待っている。

 いつも、ちょっとだけ回り込んで帰ることにしている。人通りの多い道路側を通らないのは、静かな気持ちで帰りたいから。コンビニがあったり、カフェやファミレスがあったり。賑やかなのは良いけれど、なんだか落ち着かないから。



 足取りが重くなってしまった頃、すうっと空気が冷えた。冷えたことに気付いて、足を止めた。

「……?」

「おい」

「ぎゃあ!!」

 急に声が聞こえて、あたしは声を上げてしまった。持っていたコンビニの袋を落とす。

「ああ、シュークリームが!!」

「お前は本当にうるさいな」

 この声は……。

「あ、この間のやつ!」

「やつとはなんだ。圭樹と呼べ」

 やばい。逃げなくちゃ……深雪に無理をさせるわけにはいかない。もしかしたら気配に気付いているかもしれないけれど。助けを呼ぶわけにはいかない。

「圭樹……さん」

 あたしは後ずさりをした。走って逃げられるだろうか。