妖しく溺れ、愛を乞え


 ◇

 次の日、深雪は会社を休んだ。

 今ごろは、部屋で暇してるんだろうな。DVDでも観て過ごすとは言っていたけれど。まさかひとりで外に出かけないと思う。

 専務が休んでも、支店長が居るし。今日1日は静かに過ぎて行って欲しい。
 明日はお休みだから、お出かけするんだ。ふたりで。楽しみで少しにやけてしまう。

「春岡さん、これ専務通ってるか知ってる? ハンコ無いけど」

「あ、まだですね。原価見たいって言ってたんですけれど。見たならハンコつくはずです」

 部長が書類を持って難しい顔をしている。大丈夫。来週には元気に出勤するはずだから。

「そっか、じゃあ未決に入れておくかな。支店長も出かけてて居ないし」

「はい。来週いらっしゃったらお伝えしておきます」

「よろしく」

 途中だったメールを作成してファイルを添付した。

「送信……!」

 よし、送った。今日の仕事終わり。帰る。帰るって言ったら帰るんだから。今日は早く帰る。

「すみません。少し早いのですが、お先に失礼致します」

 部長がまだウロウロしていたから、そう声をかけた。この一言がなかなか出ないから、いつまでもダラダラ会社に居ちゃうんだよね。良くない。

「おー……」

 部長は変な方向に体を捻っている。どうやら壁にある時計を確認したらしい。

「早いって、定時は18:00なんだから、帰って良いんだぞ」

「はい。お疲れさまでした」

「お疲れ~」

 デスクの上に散らばっていた書類やファイル、ペンなどを素早く仕舞った。ペン立てがガシャガシャ鳴ってしまった。うるさいから静かにね……まだお仕事中の人が居るんだから。

「お疲れさまでした。お先に失礼致します」

 誰にも気付かれなくて良いんだ。初乃さんだけ手を振ってくれた。みんな忙しいんだよね……。そっと事務所を出た。

 急いで着替えをし、ビルを出た。
 深雪に連絡を入れる。電話をかけようかと思ったけれど、止めた。短い文で用件だけを伝える。

「これから帰ります。なにか欲しいもの食べたいものありますか……と」

 ひとりでブツブツ言いながら立ち止まってスマホをタップした。すぐに返信が来る。