自白……供述調書

 残っていたのは、経理担当の事務員と、浅野弁護士事務所唯一の女性弁護士である野間口妙子だった。

 野間口妙子は、森山と同年だったが、弁護士としてスタートしたのは二年早い。

 大学卒業後、この事務所に就職しているから、経歴経験共、森山の先輩になる。

 仕事も、浅野弁護士の信任もあって、難しい民事訴訟から大きな刑事事件の弁護迄任されている。

 普段は出ている時間の方が事務所に居る時間より長いから、特に親しく話したりした事が無い。尤も、野間口妙子は代表の浅野以外とも余り接しない。

 この時も、多分自分の抱えている案件の書類のチェックでもしていたのであろう。やや離れたデスクの森山の存在など、最初から眼中に無かったに違い無い。

 その森山がいきなり野間口に声を掛けた。

 出社と退社時位は簡単な挨拶を交わしたりする事もあるが、仕事中は滅多に言葉を交わさない。そんな相手から話し掛けられたものだから、野間口妙子はえっ?というような顔をした。

「直接浅野先生に伺えば良いのでしょうが、今、野間口さんしか居ないものだから……」

 と言って自分のファイルノートを差し出した。

「何?」

「公判中のある事件の事なんですが……」

 森山はファイルノートにメモした内容を具体的に説明し始めた。

「被告人が冤罪を主張している練馬の強盗殺人事件の事ね。その件は浅野先生もご存知よ。でも、興味は持たれなかったみたい。同じ警察署に強制猥褻の罪で逮捕されて、冤罪を主張している依頼人から、木山被告の話しが出たの」

「先生は、内容を詳しく調べたのでしょうか?」

森山の言葉に野間口妙子は抑揚の無い声で、

「私が調べて報告したわ」

「野間口さんが?」

「ええ」

「その上で興味が無いと?」

「特別に本人から依頼があれば別でしょうけど、多分それは無いわ。本人に弁護料は払えないもの」

 その言い方は、これ以上仕事の邪魔をしないでくれと言ってるかのような突き放し方だった。