待機室の喧騒も、時間が来れば静まり返る。特にこの日は、余計にその差を感じた。
午前八時四十分。
保安課長の前に呼び出された。
「本日午前九時十五分を予定して、今から読み上げる二名の死刑執行を行う。
行うに当たり、本日の連行、立ち会いに関しての注意点を申し伝える……」
保安課長の声が、まるで遠くの方で喋っべっているように聞こえた。
死刑執行の立ち会い。
全国には、死刑を執行出来る施設を持った刑務所や拘置所が、七箇所在る。
東京拘置所もその一つだ。しかも、全国で一番多く死刑囚を収容している。
その東京拘置所で刑務官をやっている以上、そういった職務に就く可能性はゼロでは無い。
が、約七百人近くの職員が勤務している中で、現実にその職務に就く可能性は限りなくゼロに近いものだ。
遠くで保安課長の話しを聞きながら、栗田は何故自分が?という思いを抱いていた。
「……以上、万事粗略の無いよう充分心して勤務に当たって下さい」
「保安課長に、敬礼!」
挙手した指先が緊張で強張っていた。
死刑囚が収容されている舎房に向かう。
廊下の片側にずらりと並んだ舎房。
目指す房の前に立つ。
舎房担当の職員が鍵を開け、
「……番、出なさい」
と告げた。
栗田はその時の光景を今でもはっきり覚えている。
その死刑囚は、栗田達が迎えに来る迄、ずっと窓側を向いて座り読経していた。扉が開けられた時も、その死刑囚は読経を止めなかった。
「時間だ。出なさい」
静かな声で担当職員が言う。
死刑囚は、読経を終え頭を下げた。
振り向いたその死刑囚は、
「ご苦労様です」
と言った。
表情には笑みさえ浮かべていた。
栗田はその事が信じられなかった。
六十歳近いであろう死刑囚は、誰の手も借りず、しっかりとした足取りでゆっくりと歩き始めた。
午前八時四十分。
保安課長の前に呼び出された。
「本日午前九時十五分を予定して、今から読み上げる二名の死刑執行を行う。
行うに当たり、本日の連行、立ち会いに関しての注意点を申し伝える……」
保安課長の声が、まるで遠くの方で喋っべっているように聞こえた。
死刑執行の立ち会い。
全国には、死刑を執行出来る施設を持った刑務所や拘置所が、七箇所在る。
東京拘置所もその一つだ。しかも、全国で一番多く死刑囚を収容している。
その東京拘置所で刑務官をやっている以上、そういった職務に就く可能性はゼロでは無い。
が、約七百人近くの職員が勤務している中で、現実にその職務に就く可能性は限りなくゼロに近いものだ。
遠くで保安課長の話しを聞きながら、栗田は何故自分が?という思いを抱いていた。
「……以上、万事粗略の無いよう充分心して勤務に当たって下さい」
「保安課長に、敬礼!」
挙手した指先が緊張で強張っていた。
死刑囚が収容されている舎房に向かう。
廊下の片側にずらりと並んだ舎房。
目指す房の前に立つ。
舎房担当の職員が鍵を開け、
「……番、出なさい」
と告げた。
栗田はその時の光景を今でもはっきり覚えている。
その死刑囚は、栗田達が迎えに来る迄、ずっと窓側を向いて座り読経していた。扉が開けられた時も、その死刑囚は読経を止めなかった。
「時間だ。出なさい」
静かな声で担当職員が言う。
死刑囚は、読経を終え頭を下げた。
振り向いたその死刑囚は、
「ご苦労様です」
と言った。
表情には笑みさえ浮かべていた。
栗田はその事が信じられなかった。
六十歳近いであろう死刑囚は、誰の手も借りず、しっかりとした足取りでゆっくりと歩き始めた。



