三日経ったある日、隣人が二人の刑務官に付き添われて戻って来た。

 重々しく閉じられた扉の音の後に、窓が開けられ、トイレの水を流す音が聞こえて来た。

 廊下側の気配に注意しながら窓際に行き、私は隣人にそっと声を掛けた。

「杉並署に居た人ですよね……」

 無言のままだ。

「同じ房に居た木山です……。
 貴方は直ぐに別な房に移されたし、運動なんかも別々だったから、話す機会が無かったけど……。
 まだ裁判、終わってなかったんですね……」

 返事が返って来なかったから、私は諦めて窓際から離れた。

「木山さん!?」

 ボソボソとした声で返事が返って来た。

 私は便器の蓋を開け、大便をするふりをしながら窓の外に向かって話をした。

「木山さんって、確か窃盗か何かの罪で……」

「空き巣です……」

「裁判は?」

「十日後に一回目が……」

「あれから随分と時間が掛かってますが……」

「殺人の罪を……」

「……!?」

「無実の罪なんですけどね。誰も信じちゃくれない……弁護士までもがですよ」

 最後の一言が、つい強い口調になっていた。

「このままじゃ強盗殺人で無期、下手すると死刑なんて事も……」

「人権擁護団体に頼まれたら……」

「……」

「私も冤罪で放り込まれ、支援団体の援助で何とか戦えてる……」

「そう言えば、留置所でもずっと無実を主張してましたよね……」

「強制猥褻の罪を全面否認し、調書にも応じなかったから、裁判官の心証が余計悪くて、一審の判決が懲役一年十月……」

 時折トイレの水を流しながら話を続けた。万が一、隣人との会話を刑務官達に見つけられたら、有無も言わさずに引っ張り出される。水の音はカモフラージュだ。

「冤罪で戦うとなれば、長期戦になる覚悟が必要だ。
 木山さん、支援団体からいい弁護士を回して貰っても、今の日本の司法制度では簡単には行かない……」

「私の担当弁護士じゃ、百年経っても此処からは出れないだろうな……」

 足音が聞こえて来た。

 再びトイレの水を流した。