「木山さん、貴方の仰る通り、この供述調書が警察に強要されたものだとしても、裁判は正直厳しいものになると思いますよ」

「……」

「警察という所は、一旦証拠として提出した調書を取り下げるなんて、余程の事でもない限りしません。この事は検察についても言えます。署名捺印というのは、法的にかなりの重さを含んでいます。
 同じ罪を認めない場合でも、署名捺印した場合とそうでない場合とでは、雲泥の差があるんです。それだけじゃない、事件当日、木山さんらしき人物を現場近くで目撃したという方の面通しの結果が、貴方をその時の人物に間違い無しと認定している事。それと、当日の木山さんのアリバイを証明出来るものが一切無いという点。この二点だけでもかなり不利ですね」

 冷酷な響きを持った言葉が私の体を貫いた。

「そ、そんな……」

「とにかく、私は貴方の弁護人という立場で出来る限りの事はします。その為にも、例え警察に話していない事でも、私には全て包み隠さず話して下さい。いいですね?」

 その物言いは、何処迄も私を容疑者としての視点からでしか見ていなかった。

 私の口は再び貝のように閉ざし、その後の質問に対して、やる気の無い返事ばかりで答えていた。

 三十分ばかりの第一回目の弁護人面会は、このようにして終わった。

 眠れない夜が続いた。

 私より後から入って来た留置人達が、次々と拘置所へと移送されて行く。

 暫くすると、留置所内で一番の古株になっていた。だが、相変わらずの一人部屋だし、朝の運動から検察庁への押送まで、全てが単独であったから、誰とも言葉を交す機会など一切無かった。

 連日続いた刑事達の取り調べは、一日置きになり、それが二日、三日置き、そして週に一度か二度になって来たある日、私の部屋の前に、夜勤で留置場の見回りに来た刑事課長が足を止めた。

「木山、明日東拘(東京拘置所)に移送だ」

 移送……

 待ちに待った言葉。

 地獄の底から、やっと引き上げられる……

 何故か、小学生の教科書で読んだ、芥川何とかという作家の『くもの糸』を思い浮かべていた。